ウエストオーバー・プランテーションとリッチモンド市

Category : リッチモンド
ウエストオーバー・プランテーションは
1730年はバード家所有の大農園だった



バード家は所謂バージニアのファースト・ファミリー
と呼ばれた、 米国が英植民時代の名家のひとつであり、 
現在のバージニア州都、 リッチモンドに
深い関係のある富豪一家であった

先ず 1673年 ウィリアム・バード一世が、
現リッチモンド市周辺の広大な土地を英国より下付される

1737年になると、 ジェイムス河沿いの、 
ほぼ未開拓だった一帯の開発計画が始まり、
地主であるバード二世が土地を提供した 

やがて1742年
バード三世は浪費がたたり 
土地を手放さなくてはならなくなる

オークションにかけられた地所、 
これがリッチモンド市となった

と誠に簡単で恐縮だが、 
バード家と同市の繋がりを今日は 書きとめることにする


テーマ : アメリカ合衆国
ジャンル : 海外情報

ウエストオーバー・プランテーション

Category : いにしえのバージニア
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今回は写真だけの投稿となります
記事は後日。。。


テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

銅像撤去問題その後

Category : 史跡
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(モンティチェロ付近の丘から見下ろしたシャーロッツビル)

前回 ロバート・リーの銅像を取り壊すことに反対するケーケーケーが
大集会を開き それに反対するグループが妨害したという記事を
書きましたが、 単発事件でそのまま立ち消えになるのだろう、
と高を括ってましたら この数日・・ 特に週末にかけて
何やらとんでもない物騒な騒動へと広がって行った様子・・

【米東部バージニア州シャーロッツビルで12日、
集会を開いた白人至上主義グループと、
対抗デモを行った反対派が衝突した・・・】
(以上 朝日。コムから引用」
詳しくは 
こちら  または こちら 

死者も出た模様ですが
これではまるで60年代のマーティン・ルーサー・キング牧師の
時代に逆戻りしたようではないですか。。。

(八月十四日 記)




テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

ロバート・リー銅像撤去をめぐって

Category : いにしえのバージニア

ROBERTELEESTATUE1res.jpg

( こちら のサイトより拝借しました)
(収納してある中から 筆者が撮影して写真が見つかり次第 差し替えます)

🐎

七日の新聞サイトの或る見出し、
シャーロッツヴィルでケー・ケー・ケーによる
大会が行われる、 というニュースに 思わず目を疑った

同市はバージニア州にある田園都市だ

トーマス・ジェファーソン大統領が創設した名門の州立大学、
University of Virginia のある大学町で
女優のシシー・スペイセクや、 離婚前のベン・アフレック夫妻、
ベストセラー作家、ジョン・グリシャム・・・
など文化人たちも住む風光明媚な地でもある

バージニア州は南部という土地柄 保守派が多かったのだが
ワシントンDCに1時間という近さもあって 
比較的リベラルな住民が多いと聞いていた

読んでみて、 「何故この街で?」 
という最初のクエスチョン・マークに答えた出た

市内にあるロバート・E・リー銅像が取り外されることになった
それに反対するグループの集会だという

今でも南部では南軍旗を掲げたり強い拘りを示す人たちがいる

リー像はそうした人たちの象徴、 南部プライドなのであろう

が リーは、 というと
元々バージニアが連邦より脱退しないことを望んでいた人物

それが現実となった際は苦悶したと伝えられている

結果、 バージニアに対する郷土愛から南部を選びはしたが、
かならずしも 同将軍の支持者は
リーの実像や心理を理解してるようには思えない

むしろ見当違いにみえるし 自分たちの都合の良いように
リーの銅像撤去というイベントを利用して
自己主張してるかのようにみえるのだ



・・ 投稿しようと考えてるところへ 今朝のCNNが
この件のニュースをアップデートしていた

英文ですが こちら です

それによると・・
集会にはケー・ケー・ケーの集団は支援者を含めて50人

が 反対する人たちの数が上回ってが
なんと数百名もいたとのことだった

さもありなん。。。

(七月九日 記)


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七月四日 - 独立記念日

Category : いにしえのバージニアン達
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(ジェファーソン邸 - モンティチェロ)


この日 建国の父と呼ばれた独立革命に貢献した
リーダー達の最後のふたりが亡くなった

奇しくも独立宣言の五十周年記念日であった

ひとりは第二代大統領 ジョン・アダムズ

そしてもうひとりは当地バージニア出身の
トーマス・ジェファーソン、 第三代大統領だ

このふたりは互いに革命を目指す同士、
強い友情で結ばれていたのだが
次第に政策など考え方のギャップが増し対立するようになり
長年 疎遠になっていた

晩年になり ふたりは再び手紙での交信を始めるが
これを取り持ったのは アダムズ夫人とも言われている

ジョン・アダムズが息を引き取る際
「Thomas Jefferson still survives」
と言ったといわれる

・・ が当のジェファーソンはその5時間前に
モンティチェロの私邸で亡くなっていた

1826年、 7月4日の事であった


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リッチモンド市の和解記念碑

Category : バージニアの黒人達の場合


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英国のリバプールといえば ビートルズのメンバー生誕の地
として知られているが
かつて奴隷貿易が行われた地であることを知ってる人は
多くないのでは。。。

アフリカのベナンと リバプール市、 そしてアメリカのリッチモンド市は
18世紀 奴隷貿易トライアングルと呼ばれた三地点だった


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👆 写真は こちら から拝借しました 👆


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ベナンから積荷として運搬!されて来た人たちは 
リッチモンドで降ろされた後 競売にかけられ 
奴隷として各地へ売られて行った

当市は 南北戦争前の30年間 最大の奴隷供給市場であった

タバコ栽培が衰退して行くと 不要になった奴隷たちは
深南部の砂糖・綿を生産する大農園へと転売されて行ったのも
リッチモンドの埠頭からであったという

こうした奴隷たちは1854年は月間10万人にまで達し
1859年までに50万人を超えた


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2007年になり 奴隷貿易のルートであった三都市に
和解記念碑が設立された

奴隷制廃止の記念碑である




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ジャンル : 学問・文化・芸術

筆不精だったシドニー・リー /六年ぶりに当ブログを再開

Category : いにしえのバージニアン達
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シドニー・スミス・リーの画像は こちら から拝借



数週間前のこと・・
朝日だったか読売だったかのネット新聞で 
ふと黒船来航(だったと思う)のヘッドラインを見かけた

こちら

咄嗟にシドニー・スミス・リーのことを想い出し
グーグル検索をしてみた

以前よりずっと情報が増えている!

新たに知ったのは
シドニーが無類の筆不精だったことだ

安否を気遣う母、 アン・カーター・リーや
弟のロバート・リーの促しの手紙による要請にも殆ど応えなかったようだ

若し 彼がロバート・リーのように筆まめであったら
当時の様子、 黒船、 航海中、 上陸時の模様・・等々
資料となる筆記が沢山残していただろうに~~ 

惜しいものだ~!


sydneyLee1.jpg
画像は このサイ から拝借しました


グーグル検索中 
日本語版でも 「シドニー・スミス・リー>」 を探したら
この・・ 昔運営してた自ブログ、 「ポカホンタスの里」 がヒットした!

「ジェイムス河の畔・・」 などは断捨離の勢いで
最近になって閉めたのだが
こちらの方は頭からスッポリ抜けていたのだ

改めて ざっと目を通すと
下手くそで幼稚な文章や構成、 お粗末な内容に赤面してしまう

一方で・・
10年も前には地方史を調べてみる探求心 (好奇心?) 
があったこと、 それをまとめておこう、 とする意欲があったこと
などに我ながら 感心してしまった 

閉鎖してしまおう、 という気持ちはありながら
当時の努力とひたむきさを自賛、尊重?する意味で
未練がましくはあるが 残しておくことにした

が これまで通りの野ざらし状態では哀し過ぎる

当時から不人気のブログではあったものの
健全?な形で残しておきたい

それには・・
たまにであっても書き続けること!

そこで 6年ぶりの地味な復活となったというわけだ

ちなみに・・
ロバート・リーやシドニー等 関連記事は

こちら です (他頁にもありますが)


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六年ぶり

Category : 未分類
ご無沙汰いたしました

少しずつまた続けて行こうかな、 と思い始めております

どうなりますやら・・

のんびりとした 相変わらずの下手な文章のブログですが

またどうぞ宜しくお願いいたします

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カーライル・ハウス ー 2

Category : いにしえのバージニアン達

ワシントンに日本から来られた方にはお馴染みのダラス空港は バージニア州の
フェアファックス郡境にあるが その郡の名はその昔 アメリカが独立する以前
この辺り一帯を所有していた英国人 フェアファックス卿に因んでいます

フェアファックス家の令嬢のひとりは やがてアレクサンダー市 (バージニア州) の
創始者のひとりであるジョン・カーライルに
嫁ぐことになるのですが そのふたりが住んだ家が これ ↓

現在は同市の観光スポットになっています


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アテナイオン

Category : 史跡

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ギリシャ風のこの建物は 元々1850年代に建てられた銀行だったそうです


オールド・アレクサンドリアの一角にありますが
現在は同市の美術館の一部になっていて
写真や絵画の展示がなされている、 と聞きました


ADDRESS: 201 Prince Street, Alexandria, Virginia 22314





テーマ : アメリカ
ジャンル : 旅行

プロフィール

梓の小鳥

Author:梓の小鳥
アメリカ人なら歴史教科書に載ってる人名や地名でお馴染みだと思いますが 授業では多分教えられてない 秘話、裏話、こぼれ話を調べ集めたブログです
✩~✩
放置して早や六年
その間 HPも意志に反して消滅してしまいました
細々ながら再始を決めました。
あらためて宜しくお願いします

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