ポカホンタスの里で

「ポカホンタス」 に代表されるバージニアの先住民やいにしえのバージニアン達について読んで知った事柄の忘備録
先住民の教育

ウィリアム・アンド・メリー大学内に1721年に建設された
ブラファートンという校舎・・・ 何がユニークかと云うと
此処は先住民用の学校であった点です。
部族間の闘いで捕らえられた捕虜たち20名が買われて!
一期生として仕立てられてそうな。。。
教育目的は伝道師を育成することでした。

ウンデット・ニーの虐殺 という哀しい史実を元にした
『我が魂を聖地に埋めよ』 という本が出版されてます。
映画にもなってますが その中に登場するアイビーリーグ
卒業の先住民医師、 チャールズ・イーストマンも
もともと 嫌々ながらミッショナリーの学校に入れられ
先住民のアイデンティティーに苦悩した人のひとりだった様です。

プライドの高い先住民のこと・・・当地のこの学校でも彼らは
屈することなく、教育を施す方もひと苦労だったのかも
知れませんが、 それ以上に 強制された先住民たちも
就学後 部落に帰ってからは受け入れられず
むしろ苦労を背負って生きたのでしょう。。。
親子ともども 進んで入学しようとする者がなく 遂に・・・
1779年に閉校する事になってしまったという事です。
| バージニア先住民 | 編集
ロバート・カーター三世の屋敷 − 2


同屋敷は 宮殿が完成するまでの仮の総督邸として利用された後
1761年に植民地議会儀員になった カーター三世がオーナーになってます。
この家で6人の子宝に恵まれ 一見幸福そのものの大農園主、
カーター夫妻は 親しい人たちを招いての晩餐会を開くのを好み 多くの
ゲストの中には 三世と三歳違いのジョージ・ワシントンの顔も見られたとか。

個人として最多数の奴隷を解放したことで 後世 知られる事になる同氏。
皮肉な気がしないでもないのですが・・・
英国王派のために戦おうとする奴隷には自由を与えることを約束した
( 「ダンモア宣言」 ) 当時の総督ダンモア卿 (バージニア植民地に
おける最後の総督) とも気が合わなかったということです。
選挙に当選するのには 賄賂が必要という 政治社会に 嫌気が差し
12年後には この家を売りに出してしまいました。
政治家としては潔癖過ぎたのかも知れません。

余談ですが・・ 上の写真は (ネットで捜したサイトから 拝借)
カーソルを当てると ソックリさんが 現れます。
アメリカン・アイドルという歌合戦?で かつて挑戦者として喉を競った
エース・ヤングという若者〜 (写真はネットのサイトから再び 拝借)
瓜二つ、 驚くほど似てませんでしょうか〜〜?
カーター氏の事を書くに当たって 参考にした本、
『ザ・ファースト・エマンシペター』 、映画にでもなったら
是非この人意外に適役はない! と勝手に思い込んでるほど
生き写し、 に私の目には写るのですが・・・




