銅像撤去問題その後

Category : 史跡
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(モンティチェロ付近の丘から見下ろしたシャーロッツビル)

前回 ロバート・リーの銅像を取り壊すことに反対するケーケーケーが
大集会を開き それに反対するグループが妨害したという記事を
書きましたが、 単発事件でそのまま立ち消えになるのだろう、
と高を括ってましたら この数日・・ 特に週末にかけて
何やらとんでもない物騒な騒動へと広がって行った様子・・

【米東部バージニア州シャーロッツビルで12日、
集会を開いた白人至上主義グループと、
対抗デモを行った反対派が衝突した・・・】
(以上 朝日。コムから引用」
詳しくは 
こちら  または こちら 

死者も出た模様ですが
これではまるで60年代のマーティン・ルーサー・キング牧師の
時代に逆戻りしたようではないですか。。。

(八月十四日 記)




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アテナイオン

Category : 史跡

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ギリシャ風のこの建物は 元々1850年代に建てられた銀行だったそうです


オールド・アレクサンドリアの一角にありますが
現在は同市の美術館の一部になっていて
写真や絵画の展示がなされている、 と聞きました


ADDRESS: 201 Prince Street, Alexandria, Virginia 22314





テーマ : アメリカ
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テッド・ケネディー元上院議員の誕生日

Category : 史跡




同日に生まれたのでジョージ・ワシントンと名づけよう、 と兄のジョンが主張したとか。

兄のジョンとは勿論 後のジョン・F・ケネディー大統領。

エドワード・ケネディーのゴッド・ファーザーでもあったようです

以上、 True Compass 自叙伝に書かれてました



ネットより拝借しました



マサチューセッツ出身じゃなのか?  とお小言頂きそうですが

当地 バージニア州のマクレーンの住人であって 亡くなってからは 

アーリントン (同州) 墓地に埋葬されているので


まんざら無関係ではないと 記事にしてみました



→続きを読む

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ポプラー・フォレスト

Category : 史跡
<無断転用・転載を固くお断り致します


ジェファーソン大統領の リタイアメント・ホーム、 インテリア版です。


無断転用・転載を固くお断り致します


前述の通り 館内は見学時間をミスしましたが、
撮影OKの地下室は オープンでした。


無断転用・転載を固くお断り致します


この  テラスの下はキッチン。  
家事手伝いに選ばれた
少数の恵まれた奴隷の住まいにもなっていたとか。。。


無断転用・転載を固くお断り致します


他の・・・大半の奴隷達は 母屋から離れた小屋を 
与えられてました   (大農園は何処もそうなんですが)。

↑ は地下室の中央にでん~と納まってる 半地下貯蔵庫。
人は ワインや食料品以下の待遇だったというわけ・・・

ジェファーソン大統領は 人の平等を公的に唱える反面
足元の不平等には 目を瞑っていたところがあり、 
理解に苦しむのです。


それにしても・・・
サリー・へミングスは 何処に寝起きしてたんだろう。。。

(へミングスに関しては 拙HPに 載せました。 こちら ← をどうぞ)



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ポプラー・フォレスト

Category : 史跡
無断転用・転載を固くお断り致します



ジェファーソン大統領は 8年間の任期終了前に
ホワイトハウスにて 別邸の構想を練っていたようです。

1806年に建設が開始された当時は 珍しい八角形の住宅です。

就任前から そして就任中も 帰宅の度に絶えることなく訪れる客人に 
気前良く大判振る舞いをしていたジェファーソン氏、 借金の
返済問題もあって、リタイア後は 独りになりたい~、 と設計した隠居所が
このポプラー・フォレスト。  4,800acre (19km2)




無断転用・転載を固くお断り致します



名前の通り この辺りは 広大な樺林だったとか。。。



本邸、 モンティチェロも人里離れた山の上ですが
さらに南西に下った 現在の リンチバーグに それはあります。

同じバージニア州内ですが 我が家から 240キロほど。

遠路のドライブは夫任せなので こうした見学はどうしても 
出発が遅くなりがち・・・ この日も昼過ぎに出て 「もうこれ以上 
行くと 辺鄙な地帯に入り 遠藤にレストランなんてなくなるゾ」
という夫に従って 軽食の腹作りをすることになり・・・
結局 到着したのは 4:10 PM

館内の見学は4時まで、 ということで 中に入れませんでした!



無断転用・転載を固くお断り致します





が、 家具は殆ど揃ってない上 撮影禁止とかで 救われました。  (笑)


National Historic Landmark、 国定史跡に指定されてるそうで

外からだけでも 写真に収め 念願がかない 良かったです。




無断転用・転載を固くお断り致します



長くなりそうなので 分ける事にします (笑)
続きは 次回へ・・・




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失われた植民地 ~ ロアノーク島

Category : 史跡
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サー・ウォルター・ローリー、 というと

映画 『エリザベス・ゴールデン・エイジ』 をご覧になった方は

あぁ、 と思い出される事でしょうが

女王の寵愛を受けた、 とされるローリーは

エリザベスに下付され  処女女王に因んでバージニア と名付けた 

新世界の地 (現在のノースカロライナ州) へ 

1687年 ジョン・ホワイト総督率いる二度目の入植者を送っています。







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入植地 ロアノーク島では 種まき時期を過ぎていて

冬季食糧が危ぶんだ ホワイト総督は 殖民117人を現地に

残したまま 食糧・物資調達目的でいったん 英国へ戻りました。




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しかし 無敵スペインと戦闘中であったため 出航が許されず・・・

漸く 1690年になって 再び ロアノークの地に引き帰った ローリーの 

目に映ったのは 消え失せてしまった 住民たちの

残した 定住地の跡のみでした。




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以来 この地は Lost Colony (失われた植民地)、

と呼ばれてます。   ウィキペディア に記載されてる

記事は → こちら です。 


なお 別ブログに レプリカの船の模様や写真を アップしてあります。
宜しかったら どうぞ ♪  こちら ← です。




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リーが住んだ家

Category : 史跡
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南北戦争も終盤を迎える頃になって
ロバート・E・リー将軍は 家族を南軍の本拠地である
リッチモンドに家を借り 妻子を呼び寄せました。



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およそ1年あまり、 と僅かの間ですが 彼らの住まいとなった
建物が 今でも 州議事堂と目の鼻の先に 残っています。



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当人が 実際 住んだのは、 リッチモンドが1865年に
陥落し アポマトックスで降伏した後 - 
執行猶予措置により釈放された捕虜として
家族の元へ帰還して 僅かふた月だったという事です。



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ハリウッドの名優 ロバート・デュヴァルは系図を遡って行くと
ロバート・E・リーに繋がる、 と人から聞いてましたが
半年くらい前だったでしょうか、 あるニュースで チラっと
その事に触れていたので ミーハー精神旺盛に
ネットで確認してみましたら・・・

英文ですが こちら にも記載されてるのが見つかりました。


何のニュースだったかというと・・・
大型スーパーストア Wマートのチェーン店が バージニア最大の
南北戦争戦場跡地のひとつに建設予定を発表、  それに対し
反対の声が挙がっている、 という内容で  
その反対者の中に同氏が混じっている、 ということでした。

リー将軍の家を ご紹介するにあたり、 ↑ の話を
思い出したので、 あまり関係あるとは思えないものの
付け加えておきます。。。



☆~☆~☆



こちらのサイトで シビリアンとなり 軍刀を外した
リーが この家の玄関先でポーズをとる 写真が見られます。


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ジャンル : 学問・文化・芸術

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梓の小鳥

Author:梓の小鳥
アメリカ人なら歴史教科書に載ってる人名や地名でお馴染みだと思いますが 授業では多分教えられてない 秘話、裏話、こぼれ話を調べ集めたブログです
✩~✩
放置して早や六年
その間 HPも意志に反して消滅してしまいました
細々ながら再始を決めました。
あらためて宜しくお願いします

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