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カーライル・ハウス

Category : いにしえのバージニア
carlyle7556.jpg



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テーマ : アメリカ
ジャンル : 旅行

クライスト教会

Category : いにしえのバージニア
Christ Church




1773年にジョン・カーライルによって建立されたこの教会はアレクサンドリアにある
最古の教会であり、 古くはジョージ・ワシントン、 そしてロバート・E・リーも
頻繁に礼拝に訪れたとされています



Christ Church



南北戦争時代に捕らえられこのアレクサンドリア市内にある牢でそのまま
死亡した南軍兵士32名の他、 ロバート・E・リーの兄で黒船で日本を1853年に
訪れたシドニー・スミスのお墓もこの教会内にあるそうです


フランクリン・ルーズベルト大統領とウィンストン・チャーチル
両氏が1942年1月1日、 世界平和祈願の日 
World Day of Prayer for Peace に
祈りを捧げた教会としても知られているということです

次回 チャンスがまたあったら 教会内外をもっと注意を払って見学してみたいものです



Christ Church




ナショナル・ヒストリック・ランドマークに登録されているこの教会の住所は以下の通り:

118 North Washington Street, Alexandria, Virginia






テーマ : アメリカ
ジャンル : 旅行

茶会運動というより茶党派運動?

Category : いにしえのバージニア

セイント・ジョン・チャーチ



最近 『Tea Party』 運動が盛んになってるアメリカですが  これを
茶会、 と訳すのはどんなものか、 と些細な事とは知りながら 
すっきりしない気持ちでいる私です。

そもそも Tea Party とは 米大統領の経済政策などに対して
抗議し出した共和党支持者達の集団が 「Taxed Enough Already」 
(既に課税されてるだけで十分だ) と頭文字 『TEA』 を取り、 
1773年12月16日にボストンで起きたボストン茶会事件、 
Boston Tea Party に かけて? もじって命名されたようです。 

西洋史で習いましたよね、 英国が植民地に課した茶税に反発、 『自由の息子達』
(Sons of Liberty) と名乗る愛国急進派の一団がボストン港に停泊中の
英国船に乗り込んで積んであった茶箱を全て投げ捨ててしまった事件。

あれも確か 『茶会』 事件として教わったような・・・。 でも茶会、 だと いかにも
バースデー・パーティーとかカクテルパーティー、アフタヌーン・ティー・パーティー
みたいじゃありませんか。 事件の内容とどんな関連があるんでしょうね。

アメリカでは民主党は Democratic Party、 そして共和党は・・・
Republican Party、 です。  ですから矢張り Tea Party はお茶会、
じゃなくって 党派として訳した方が当たってるんじゃないかな、 と思う次第です。



Patrick Henry



ところで、 ボストンでの事件があった翌々年の3月23日、  当地バージニア、
リッチモンドにある教会 St. John's Church にて若きパトリック・ヘンリーが
"Give me Liberty, or give me Death!"
{自由を、 然らずんば死を!) という歴史に残る演説をぶちました。



St. John's Church



↑ 写真は こちらのサイトより拝借


今日の写真は 今も当時のまま残る セイント・ジョン 教会です。



セイント・ジョン・チャーチ



セイント・ジョン・チャーチ



余談ですが・・・
パトリック・ヘンリーの住んでいた家を見学したことがあります。  
その時の記事はこちらです。 (写真は全て外してしまってますが・・・)





テーマ : オバマ大統領・政権
ジャンル : 政治・経済

アーリントンハウス・・・①

Category : いにしえのバージニア
アーリントン・ハウス


ポトマック河や 連邦議事堂が見下ろせる アーリントンの丘の上に
ケネディー大統領や戦士たちのお墓に周囲を囲まれながら
堂々とした趣で座っている大きなマンションがあります。



ともすると付随的に思われがちな この邸宅、 『アーリントン・ハウス』
に纏わるお話を 次回から 少しづつ始めますので 乞うご期待を。。。
 



テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

ガレオン船

Category : いにしえのバージニア
2007年に行われたジェイムスタウン400年記念



日本メキシコ交流400周年記念式典が千葉の
御宿 (おんじゅく) で皇太子殿下を迎えて 26日に開催された
というニュースが同級生から伝わって来ました。


時事ドットコムの記事から抜粋させて頂くと:

『1609年9月、現在のメキシコからフィリピンに
派遣されていた総督の一行が乗った「サン・フランシスコ号」
が帰国途中、 御宿の沖で遭難。総督の一行を当時の
住民が懸命に救助したことが、両国の交流のきっかけとなった』








それで思い出したのは 当地バージニア州の
ジェイムスタウンで二年前に開催された400年記念行事。

開催中 私も覗いてみてます、  ネタにも、 してます 
こちら) が、 英国人が北米初の恒久植民地を
このジェイムスタウンに開いた年が1607年でした。

一方 スペインは その頃までには とっくに 植民地化していた
フィリピンと 占領していたメキシコ間の太平洋航路を 
往復を繰り返していたようですね。

これを在日宣教師 (多分 ポルトガル) から耳にした徳川家康、 
スペイン総督に書状を送り メキシコとの交易への関心を表したたとか。

ところが その返事の来ない内に 臨時総督を乗せたスペインの
交易船が 房総の御宿に漂着した、 ということらしいです。

難破して帰る船を失くした一行に 家康は船を一艘 提供。
その造船に携わったのは なんと・・・三浦按針! (英名: William Adams)

20年ほど前に アメリカのテレビのミニ・シリーズとして 大ヒットした
ドラマ、 『Shogun』 に出て来る 『アンジンさん』  (リチャード・チェンバレン)
のモデルになった方が 関係してたとは 驚きました。

アンジンさんこと Adams さんは 豊後の臼杵に漂着した
オランダ船に乗っていた 造船の知識ある 英国生まれの航海士
だった、 ということです。  (詳しくは こちら )


ところで・・・失敗に終わったとはいえ、
ジェイムスタウンより 早く 英国人が渡来したのが
前回 ご紹介の ロアノーク島。  その島の ヒストリカル・
パークに帆船 (今年 5月に見学した記事は こちら
エリザベス2号  が一般公開されてます。






1555.jpg




御宿の沖で難破した帆船は300人以上を乗せていたといいます。
英国のは もっと小型で小回りがきき、 スピードも出たそうです。

1580年代に ロアノーク島を含む 現在のノースカロライナ州にある
アウター・バンクスへ渡航した数々の帆船 ( はその一隻のレプリカ、
エリザベス2号)  にしても、 

1607年に バージニア州のジェイムスタウンに辿り着いた 
ゴッド・スピード、 スーザン・コンスタント、   ディスカバリー ↓ 
各号にしても   (冒頭の写真も、 その三隻です)



2007年に行われた400年記念




大航海時代には こんなガレオン船が大海を行き来していたのですね。



2007年に行われたジェイムスタウン400年記念


2007年に行われたジェイムスタウン400年記念


2007年に行われたジェイムスタウン400年記念



漂流したスペイン人たちを御宿の漁民が救命して400年。

それを記念するイベントのニュースに つられて
今日は ガレオン船を テーマにしてみました。。。

お報せ下さった Y く~ん、 どうも有難う 



テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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梓の小鳥

Author:梓の小鳥
別名: Azky

バージニアとその先住民やいにしえの人々の事を綴ってます。


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