ウエストオーバー・プランテーションとリッチモンド市

Category : リッチモンド
ウエストオーバー・プランテーションは
1730年はバード家所有の大農園だった



バード家は所謂バージニアのファースト・ファミリー
と呼ばれた、 米国が英植民時代の名家のひとつであり、 
現在のバージニア州都、 リッチモンドに
深い関係のある富豪一家であった

先ず 1673年 ウィリアム・バード一世が、
現リッチモンド市周辺の広大な土地を英国より下付される

1737年になると、 ジェイムス河沿いの、 
ほぼ未開拓だった一帯の開発計画が始まり、
地主であるバード二世が土地を提供した 

やがて1742年
バード三世は浪費がたたり 
土地を手放さなくてはならなくなる

オークションにかけられた地所、 
これがリッチモンド市となった

と誠に簡単で恐縮だが、 
バード家と同市の繋がりを今日は 書きとめることにする


テーマ : アメリカ合衆国
ジャンル : 海外情報

幌馬車

Category : リッチモンド


歴史博物館でこんなのも見かけました


↓ 幌馬車。   皆さん何を連想なさいます?



vahs6883.jpg



私? 昔テレビで放映してた 『大草原のちいさな家』~!
(またYoutubeから拝借。 真ん中の白い部分  ↓ をクリックしてみてね)






主人公のローラさん (右端に立ってる女の子 ↓ ) が誕生したのは1867年 
(慶応3年)、坂本竜馬暗殺の年だそうです!



laura_ingalls_wilder.jpg



(写真はウエブサイトから拝借しました)



ドラマのイントロに写る幌馬車は 『コネストガ・ワゴン』 と呼ばれ
1725年 (享保10年) 頃から使われだしたらしいです。 




180px-Covered_wagon_at_the_High_Desert_Museum_Outside.jpg



初めは鉄道が敷かれるまでの重要な貨物運搬用として、 
そして後になって西部開拓に引っ越していく人々の足になってたんですって。 



運送バス?としてこの幌馬車が走っていた頃の速度は一日僅か25キロ~!



何家族を一度に運搬したのかはですが
4~6頭の馬が引ける全重量は907kgが限界だったとか。



運賃は1820年代 (文政3年) で45kg毎、 160km毎に1ドル。
当時の1ドルってどのくらい価値があったんでしょうね~



180px-Covered_wagon.jpg
 



引越し荷物は最小限にしないといけませんよね。



皆さんなだったらどんなものを?   当時の人たちの荷の中身は・・・

農耕機具、 修理道具、 鍋釜や台所必需品、 
小麦粉、 豆類、 ドライフルーツ等の干物、 裁縫道具に衣類・・・etc





Little_House_Michael_Landon.jpg



↑ 頃迄には家族単位で移動可能なくらい小型になってたみたいですね
『大草原・・・』 ではひと家族で引越ししたみたいだったし~。

小型幌馬車一台に納まる位の荷物に減らすって容易じゃあないです~






(冒頭の写真以外はウエブサイトからお借りしました。)






Category : リッチモンド
古めかしい時計塔、 見えます~?
先日行ったファーマーズマーケットから撮りました。

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フレンチ・ルネサンス様式のこの建物は106年前のもの。
ナショナル・ヒストリック・ランドマーク 
(国定史跡・建造物) として指定されてます。

300px-Richmond_Main_Street_Station_1971.jpg

右側にレールが見えたからもうお分かりかな?  
そう、駅舎です。
通称、『クロックタワー』、 メインストリート・ステーション。

でも車や飛行機の進出で36年前から
旅客駅としては使用されなくなり
その後は現在科学博物館に転用された
旧ユニオンステーション駅へと旅客列車は移されてしまいました。 

科学博物館は以前ネタにしてますが
お比べになりたい方はこちらをみてね。

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最盛期には年間100万人の乗降客があったそうですよ。

一般に20世紀の初頭、 どんな井出達で旅をしたんだろう、
と気になってグーグルで捜してみた結果・・・

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サイエンス・アンド・ソサエティのサイトから拝借。
恐らく英国内のターミナルの風景でしょうが
1900年初期の駅構内の様子が伝わって来ますよね~。

石の階段を上って一階で乗車券を購入し
さらに二階に上がりますと 
メインフロアーにある待合ホール。

夫と私は見学なので入場料なんて要りません、 当然ですが

舞踏室のよう・・・と田舎育ちの私の独り言。

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この駅、 受難続きだった様なんですよ。 

何度か近くのジェイムス河が氾濫。
その度に1階まで水浸しに。 
一度など国定史跡に指定されて数年内に被害にあってます。
全焼ではなかったものの火災も。 

紆余曲折の末、
改造して旅客駅として2003年に再出発したものの
翌年には『ギャストン』 
という名のトロピカルストーム (熱帯性暴風) で再び浸水。

(最大風速が64knot以上になると
ハリケーンと呼ばれますが・・・)
この 『ギャストン』 にはひどい目にあってますよ、 私たちも。 
我が家はこのダウンタウン西方にある郊外に住んでますが
2004年のその嵐に3~4日停電、
冷蔵庫の物が全て腐ってしまったり
学校も一週間ほど休校でした。

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(  涼み廊下だったそうです)

この駅に停車する列車は1日2~3往復、 
あとは貨物車のみの様です。

行き先は首府ワシントン、 2時間の旅だそうですよ。
そこからフィラデルフィアまではまた2時間。 
さらにニューヨークまでは1時間半、 
そして終点のボストンまでは4時間。

わぁ、 長い旅ですねぇ。

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(プラットフォームへ続く待合室。 
革張りの背もたれが贅沢~!)

我が家にホームステーしたSちゃんは
ボストンから来たんですけど
飛行機の直行便で2時間足らずだったそうですから。

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 左奥には一見応接室の様なお部屋が。
レストランだったそうです。

日本語でこんな記事を見つけました。こちらです。

また英語ですが同駅のサイトも。

六階建てのこの駅、 現在は三階以上は貸しビルとなっていて、 
この写真でお見せしてるフロワーは結婚式や個人のパーティー、
あるいはイベントなどにも貸し出してるそうです。

皆さん、 如何ですか? 
お嬢さまや息子さまの晴れのイベントに~

ジョージ・ワシントン大統領の誕生日

Category : リッチモンド


下に見えますのは~~ジョージ・ワシントン記念塔・・・
先日リンカーン大統領誕生日にご紹介したリンカーン記念堂からはご覧の様にリフレクション・プールを間に挟んで一直線に並んでます。
エジプトのオベリスクを模したこの記念塔はワシントン・モニュメントとしてお馴染みですね~。

今日はワシントン大統領のバースデー
(1732年2月22日生)

(後ろにチョッと隠れてしまいましたが、国会議事堂、 見えるでしょうか? 
ホワイトハウスはこの左手に、そして・・・右手には

合計16の博物館や美術館の集合体、 スミソニアンがあります。)


gw.monument400.jpg


この写真は拝借してしまいました~。)


これらは全てポトマック河を越えたワシントンDCにあるのですが・・・
河の手前にあるバージニア州はワシントン大統領の生誕の地でありま~~す。



下の写真は観光客でいつも賑わうジョージ・ワシントン邸マウントバーノン
もともとはリトル・ハンティング・クリークという名だったんだそうですよ。
父の死後この農園を相続した (腹違いの) 兄ローレンスは海軍時代に敬慕したバーノン大将の名にあやかってマウント・バーノンと改名してしまったのでした・・・。




mtvernon300.jpg



この写真も拝借したものです~~。)



「アラ~~、最初見たワシントン記念塔、バージニア州内にも~~?!」




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そうなんですよ、 レプリカです。


この記念塔はポープス・クリークというプランテーション跡に建っています。
去年から今年にかけてご紹介したロバート・リー南軍将軍のプランテーション、ストラットフォードの近くにあるんですよ、このポープス・クリーク。 



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帰り道に寄ったんです。
・・という事は・・・?
そうなんですよ~~、実際に訪れたのは昨年の秋、10月でした~~。



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ジョージ・ワシントンというとマウントバーノンが有名でこのプランテーションはすっかり陰を潜めてしまってますが実はジョージ・ワシントンが誕生したのはこのポープス・クリークだったんです。



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ビジターセンターだけは開いてました。 ワシントン大統領の生家、急げば未だ開いてるかも、と云われましたがポトマック河から吹き付ける強風がますます気温を下げていく様で耳や鼻がちぎれそうな寒さ。



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それでも折角来たんだから、と元農園の中を歩き続けると・・・



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パークレンジャーが向こうから歩いて来て余り人が来なかったからチョッと早めに閉館した、と言うじゃありませんか。




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「パークレンジャー? パーク・レンジャーって国立公園内で動植物とか訪問者とか公園一般を守る職員さんたちのことを言うんじゃない?」
はい、その通り、ここは国立記念公園、ナショナルパークでございます~。



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一応行ってみて確かめて来ました。
ワシントン大統領生家の土台だけ残っていてそこにはそれを示す標識がご覧の様に立ってました。



その後ろに見える建物は当時の生家を再建してあります。確かに閉まってて見学出来ませんでした~~。



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で・・・何とか室内の写真はないかと捜してみたら・・・
MKさんという方のサイトを探し当てました。
リンクをさせて戴いてしまいました。
「MKさんの旅行記」というサイトです。



* * *


さて、・・・下の写真をご覧下さい。



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これはジョージ・ワシントンが幼年期を過ごした家、フェリー・ファームです。 
プランテーションでしたが今は屋敷は跡形もなくこの記念館のみが残されてました。


こちらにもフェリーファームの事が載ってます。


ワシントン大統領といったら桜の木を切って父に素直に謝ったというお話で有名ですねぇ。 これは事実なんでしょうかぁ?
残念ながらParson Weemsという人によるでっち上げだったそうです。



この桜の木のエピソードはこのフェリーファームが舞台になっているとの事でした。



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この建物の裏には畑地が広がり急な坂を下りていくとラパハノック河が流れてました。当時タバコなど収穫物の運搬上プランター達はこぞって川岸に農園を建てた様です。


ジョージ・ワシントンの父はこうして広大なプランテーションを幾つも所有してたんですけど暮らしは決して楽ではなかったとの事です。


ジョージ・ワシントンのご先祖様というのは英国から渡ってきて以来裕福なご令嬢との結婚を続けその度に広大な地所をあちこちに手に入れたようなんですよ。


余談ですが・・・。


ジョージ・ワシントンに関しては何ページにも渡って私のホームページ、「いにしえのバージニアン達」に紹介してますので興味がおありの方はどうぞ一度お立ち寄りくださいね~。



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上の写真はジョージ・ワシントンが母親、メリーの為に建ててあげたお家。
フレドリクスバーグというワシントンDCとリッチモンド市のほぼ真ん中辺りにある街にあり 「メリー・ワシントンの家」 として知られています。
ジョージ・ワシントンは実母に対してとても冷淡だったみたいなんですよ。
何故なのか、私なりにいくつか思い当たるふしもあってホームページに書いてますので宜しければこちらを。



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そして、最後の写真はワシントン大統領の妹が住んだ家、ケンモア・プランテーションです。
メリー・ワシントンの家から歩いても行ける距離にあるんですよ。




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フェリーファームメリー・ワシントンの家、そしてケンモアの三軒は二年ほど前の夏に訪問した時の写真です。)


という訳で今日はワシントン大統領のお誕生日にかこつけて同大統領に因んだバージニアの名所のご案内しました~~。
ダラダラとした長文にお付き合い下さってお疲れ様でしたぁ~~!


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セキュリティー

Category : リッチモンド
週末に近くのモールに散策に出かけた。

私の拙いホームページ、「輝け昭和の乙女たちよ」のアルバムの頁でも紹介してあるがこのショート・パンプ・タウンセンターはアウトサイド(屋外)モールなので真夏や真冬以外はぶらつくのに丁度良い。

モールはブロード・ストリート沿いにあるが、この辺りは20年前は全くの未開発地帯であった。リッチモンド市内から続くこのブロード・ストリートはパーハム・ロードと呼ばれる道路と交差しているがダウンタウンからドライブした人はこのパーハムを超えるといかにも辺鄙な田舎に紛れ込んでしまったという気になった筈である。

この地域はヘンライコ郡というがブロード・ストリートを西方に下るほど土地は高くなり住民たちは 「ウエスト・エンド」に住んでいることを誇りにしている。ところが開発が西へ西へと急ピッチで進むに従いそのステイタスは「ファー(さらに遠方)・ウエスト・エンド」の住民が享受するようになった。

モールはそうしたファー・ウエスト・エンドにある。もう一歩でお隣の郡、グーチランドに届いてしまいそうな所だ。 ブロード・ストリートをそのまま真っ直ぐにドライブして行くとやがてカントリー道路となりブルーリッジの見えるシャーロッツビルにつながる。

今はサンフランシスコに引っ越してしまった友人夫妻はかつてここから左程遠くない地域に地所を持っていた。先見の目がなかった彼らはジワジワと開発が行われていた頃我々の報告を信じず手放してしまった。

25年程前パーハム・ロード沿いのアパートにいた私は知り合った日本人のご家族にサンクス・ギビングの招待を受けた。パーハムを超えてブロードを西下、枝分かれした細い道を道に迷ったのでは、と不安に襲われながらドライブ。森林の中にその辺りでただ一つと思われる新興住宅地を見つけたときはホッとしたものである。

今私たちはその辺りに住んでいる。全くの偶然で、彼らのお宅を捜そうと思っても余りに密集した家屋と新道路と薄れた記憶があいまって見つけられない。
ご親切にして頂いたご家族はKさんといい当時三菱からレイノルズ・メタルというアルミニウム・フォイルの一流メーカーに赴任されていた。
その後ワシントンに私が引っ越した後ご一家は帰国され音信が途絶えてしまった。
このブログをご覧になったら是非ご連絡頂きたいと思う。

ところで、何故モールの事を書いたか、と言うと・・

そのモールで写真を撮っていた時にセキュリティー・ガードが近づいて来て安全の為に写真撮影を遠慮してくれ、と止められてしまったのだ。

今や空港だけではおさまらないらしい。
大都市ならともかく・・
こんな郊外の、土曜だというのに客でひしめき合っているという訳でもないモールで?

抗議もせず渋々カメラをケースにしまったが何かやり切れない想いが残る。
観光客でもない地元の主婦がデジカメ片手にあちこち出歩いては気軽に写真を撮る、それだけの事が難しくなって来たとは!

ヤレヤレ・・
とりあえず撮り直したかった大酋長パウワタンの像だけは何とか収めたから諦めよう・

(ジオログ、風に吹かれてバージニアからこのブログへの移動中です。今のところ全てそちらのコピーです。)
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アメリカ人なら歴史教科書に載ってる人名や地名でお馴染みだと思いますが 授業では多分教えられてない 秘話、裏話、こぼれ話を調べ集めたブログです
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その間 HPも意志に反して消滅してしまいました
細々ながら再始を決めました。
あらためて宜しくお願いします

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