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英領植民地内の弾薬庫 -2

Category : ウィリアムスバーグ
☆~健康上の理由で 今  当ブログは梓の小鳥の忘備録とし
コメント欄は閉じさせて頂く事にしております~☆





0171.jpg




首都がリッチモンドに移ってからの この倉庫は・・・

市場 → バプテスト教徒の集会所 → 南軍の武器庫 →
厩などに使われ  1889年には火災にあい  
現在の建物は1949年に復元されたものです。



    


首都がウィリアムスバーグからリッチモンドへ移る前の時代に
少し戻ってみましょう。


    


ボストンでは英国植民地政策に反対して茶会事件が起きてますが
バージニア植民地でも英国からの独立の気運は 高まる一方でした。
 そんな中 1775年 パトリック・ヘンリーは リッチモンド
の教会で名演説をうって 英国からの独立を民衆に訴えたりしています。


英領バージニア総督ダンモア卿は 不穏な動きを察し同倉庫の鍵を部下に
渡し 倉庫内の弾薬を盗ませ 密かに付近のヨーク河に停泊中の英国船に
移送命令を出すのですが、 その倉が この武器弾薬庫だった、 というわけです。


因みに・・・  市民の抗議に対し ダンモアは奴隷の反乱を
避けるためだと弁明するものの 信用と人気を失って行ったといいます。


追い討ちをかけるように グレートブリッジの戦いと呼ばれる戦闘で 
ジョージ・ワシントンが率いる大陸軍が ダンモア卿をはじめ 英国等を排除するなど
勝利をおさめ バージニアにおける英国支配は終わりを告げることになりました。



0166.jpg



余談ですが ・・・ 同卿は 先住民との戦い
ダンモア卿の戦い』 でも知られている総督でした。


独立まで 実にさまざまな事が あったのですねぇ。



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植民地だった頃の武器弾薬庫

Category : 史跡
0168.jpg




18世紀はまだまだ北米における英国植民地は何処もまだ不安定だった様です。

ニューヨークでは奴隷の反乱が発生、 当地バージニア植民地でも

既にカールズ・ネックの記事で触れた様にベーコンの反乱のが起きてます。




0169.jpg




時の総督スポッツウッドは 先住民や暴徒による襲撃などから
武器、弾薬を守るため倉庫建造を命令、 1715年に完成。


中には火打ち石から テント、 水筒から炊事用具まで
収納されていたそうです。


1780年 (独立戦争時) にバージニア植民地首都がリッチモンドに
移ってからは 武器弾薬庫としての役割は 殆ど果たさなくなっていましたが・・・




0167.jpg




次回に続きます。



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