ポプラー・フォレスト

Category : 史跡
無断転用・転載を固くお断り致します



ジェファーソン大統領は 8年間の任期終了前に
ホワイトハウスにて 別邸の構想を練っていたようです。

1806年に建設が開始された当時は 珍しい八角形の住宅です。

就任前から そして就任中も 帰宅の度に絶えることなく訪れる客人に 
気前良く大判振る舞いをしていたジェファーソン氏、 借金の
返済問題もあって、リタイア後は 独りになりたい~、 と設計した隠居所が
このポプラー・フォレスト。  4,800acre (19km2)




無断転用・転載を固くお断り致します



名前の通り この辺りは 広大な樺林だったとか。。。



本邸、 モンティチェロも人里離れた山の上ですが
さらに南西に下った 現在の リンチバーグに それはあります。

同じバージニア州内ですが 我が家から 240キロほど。

遠路のドライブは夫任せなので こうした見学はどうしても 
出発が遅くなりがち・・・ この日も昼過ぎに出て 「もうこれ以上 
行くと 辺鄙な地帯に入り 遠藤にレストランなんてなくなるゾ」
という夫に従って 軽食の腹作りをすることになり・・・
結局 到着したのは 4:10 PM

館内の見学は4時まで、 ということで 中に入れませんでした!



無断転用・転載を固くお断り致します





が、 家具は殆ど揃ってない上 撮影禁止とかで 救われました。  (笑)


National Historic Landmark、 国定史跡に指定されてるそうで

外からだけでも 写真に収め 念願がかない 良かったです。




無断転用・転載を固くお断り致します



長くなりそうなので 分ける事にします (笑)
続きは 次回へ・・・




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コロンブスの日

Category : いにしえ

カーソルを当ててみてください。 写真が変わります。




12日は コロンブス・デーです。

というわけで この在庫写真を引っ張り出しました (笑)。
首都、 ワシントンDCの セントラル・ステーションに行ってみた時に
(その時の記事はこちら) 駅前広場に立っていた像、  
いつかブログに役立つかも、 と思い パチリ、 と撮影しておいた
ものが やっと陽の目を見たというわけ・・・(笑)

一部で非難の声があがってるこの祝日、 一体どういう経過を辿ったのだろう
と ネットで この際 調べてみましたら、  こちらのサイト 
に英語ですが 詳しく書かれてました。

それに依ると・・・

1792年、 コロンブスの名誉を称え 
同時にバハマ上陸300年を記念する祝賀会が
ニューヨークで催されたのが始まりで、 

1866年、 1869年に それぞれ ニューヨーク、 サンフランシスコ
の両市で イタリア系アメリカ人のコミュニティーで 
アメリカ発見!を祝った。

さらに 1892年になって 時の大統領 ベンジャミン・ハリソン
(テクムセの呪い, で悪名高い?祖父のウィリアム・ハリソンは
バージニア出身、生家見学の記事は こちら
がコロンブスの航海400周年記念公布を行い、

1905年には コロラド州が全米で初めて  『コロンブスの日』 を設定。

そして 1937年、 フランクリン・ルーズベルト大統領が
10月12日を祝日と宣言、 1971年に 下院が それを
毎10月の第二月曜をする様になった、  ということですが・・・




0589.jpg




コロンブスをはじめ スペイン、 ポルトガル、 オランダ、 イギリス・・・
欧州諸国にとっては 祝福すべき こうした一連の航海・冒険も
『発見』・占領・領地化された先住民にとっては 
苦悩の始まりだったわけですね。。。

前回 たまたま ガレオン船のことを 書きましたが、 
コロンブスの船、 「サンタ・マリア』 号のレプリカの写真が 
こちら のサイトに載ってました。 
↑  宜しかったら クリック を。






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梓の小鳥

Author:梓の小鳥
アメリカ人なら歴史教科書に載ってる人名や地名でお馴染みだと思いますが 授業では多分教えられてない 秘話、裏話、こぼれ話を調べ集めたブログです
✩~✩
放置して早や六年
その間 HPも意志に反して消滅してしまいました
細々ながら再始を決めました。
あらためて宜しくお願いします

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