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エドガー・アラン・ポーの住んだ街

Category : いにしえのバージニアン達
ボードレールスティーブン・キング、そして江戸川乱歩に強烈な影響を与えたと言われ「大鴉」「黒猫」などの作品で知られるエドガー・ポーはボストン生まれなんですがこのリッチモンドとは因縁が深いんですよ。

eapoe23.jpg

漸く冬らしい寒さとなったリッチモンドですがダウンタウンに用事があったのでエドガー・アラン・ポー博物館へ寄ってみました。

このこじんまりとした石の建物がそれ・・・
ポーの住んでいた家はこれより数ブロック離れたところにあったそうですが現在は残ってはいないそうです。
オールド・ストーン・ハウスと呼ばれるこの建物はギフト・ショップになっていて左側にあるもう一つ部屋には家族の肖像がやポーの妹が弾いたとされるハープシコードなどが飾られてありました。

チケットもこのギフトショップで売られています。
ガイド付き6ドル・・・抜きで5ドル。 
入ろうかどうか迷ってしまいました。
だって、この博物館、実は過去に一度見学した事があるんですもの。
内部の写真を撮ってなかったので、 「展示品の撮影、フラッシュ使用しなければ大丈夫?」 と訊いてみました。 

案の定、駄目・・・それじゃぁ時間の無駄、と仕方なく帰りかけると・・・
「庭園の写真だけなら見学料なしでも撮って構わないわよ」、
と言ってくれたではありませんか~~。 
途端に笑顔になってしまった私は早速裏庭に通じるドアを開けてみましたよ・・・

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そこには中庭があり・・・

eapoe05.jpg

そしてその真ん中には二段構えの噴水もあって二匹のリスが追いかけっこをしてました。
(シャッターは切り損ないましたが・・。)

芝が青々として写真をみるだけだと真冬であることを忘れてしまいそうですねぇ。(訪れた1月の初めはまだ暖冬でしたから。)

ストーンハウスの真向かいには長細い中庭を挟んで神殿?が建ってますよ。

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中にはポーの胸像が・・・

ポーらしく打ちひしがれた様な表情をして納まってました。

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eapoe21.jpg
(振り返って見たオールドストーンハウス)

中庭をコの字型に囲むように建つ四軒の建物が博物館となってます。

写真撮影の禁じられてる館内にはポーの所持品や机、ベッド・・・

自筆の作品なども展示されております。

eapoe93.jpg

ポーがどんな風にリッチモンドと関わっていたのか少しだけ触れておきましょう・・・

eapoe13.jpg

両親は役者だったそうですが父親は早く蒸発してしまい旅役者の母親に連れられて流れ着いたのがこのリッチモンドでした。

(なぁんて知ったかぶりをしてますがウィキペディアや前回ポー博物館を見学して得たインスタント知識です。)

その母も過労から肺炎に罹ってエドガーが三歳にならない前に亡くなってしまい引き取られたのがアラン家でした。
 エドガー・ポーからエドガー・アラン・ポーになったのはこの為なんですね。


guide011.jpg 養父、ジョン・アランはタバコを扱う豪商でポーが少年の頃仕事の関係でイギリスに家族を連れて行きました。
 ポーはこうして7歳から11歳まで英国生活を経験しています。

帰国後のポー、年に自身の博物館となるとも知らずこの建物、オールド・ストーン・ハウスの前を通って学校に通ったとか。
 このオールド・ストーン・ハウス、1735年に建てられたリッチモンドに残る最古の建物なんだそうです。 

そして17才になったポーは・・・

任期終了後バージニア州モンテチェロに引退したジェファーソン大統領が創立に努め総長となった大学として知られているバージニア大学に ( 開校されたばかりの1826年に) ポーは進学します。

当時のままポーの部屋が残されてますよ。こちらに写真が・・・。

guide012.jpg
法律を学ばせようとした養父と物書きを志していたポーとは対立する事も多く、
 授業料以外には最小限しか仕送りを受け取れなかったポーは友人や知人に借金をして歩きその額は当時の金額で2500ドルにも達したとか・・・。

それでウエストポイントの陸軍士官学校に入るんですけどここでも校則を破って退学処分を受けたりしてます。

その間、詩集を発表したりしてますが評価されず生活は困窮するばかり。
1835年にリッチモンドの、「南部文芸通信」 という雑誌の編集長の口があり同市に戻ってきました。
ところが二年後には早くも免職。 経営者との対立が原因だったそうです。

その後、結婚、妻の死亡、別の女性との婚約などを経験しますが、その間ニューヨークやフィラデルフィアなどを転々としています。

そして・・・・・・

eapoe97.jpg


紆余曲折の人生を送った後ボルティモアで・・・悪く言うと野垂れ死にの様な形で世を去ってます。
1849年の事でした。
直接の死因は不明ですが、発作性飲酒狂、癲癇、ポルフィリン症、飲酒による脱水症状、アル中による幻覚や震え、渇酒症、低血糖、狂犬病、心臓病、糖尿病、そして殺人などが憶測されてるそうです。

ポーの生涯はこちらをお読みくださいね。
ウィキペディアに繋がりますよ。

またこちらのサイトにも紹介されてます。
ポーの一生は波乱万丈だった様です。
今回はリッチモンドで送った人生の一部、それも超特急でのご案内でした~。


・・・・という訳でハイウェーがダウンタウンから郊外に帰宅する車で渋滞しない前に、と急いで家路についた私でした

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写真の無断転用を固くお断りします。


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Comment

こんにちは dema(donguri)です。
どうしても混んでいるのが苦手なのでこちらのブログにおじゃまします。
ポーが、バージニアとゆかりがあるとは知りませんでした。
昔読みました。けっこう好きでした。
同じく好きなビアスと同様、屈折したところのある人で、それらしい死に方をしたんだなと思いました。

dema さんへ

拙いレポートにコメントを戴いて申し訳ありません。

幼い時に受けた心の傷を引きずって渡った様ですね、彼の人生って。

最後までお読みくださって本当に有難うございました~!!
非公開コメント

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梓の小鳥

Author:梓の小鳥
別名: Azky

バージニアとその先住民やいにしえの人々の事を綴ってます。


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