スコッチタウン

Category : いにしえのバージニアン達
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今日ご紹介するのはバージニア州、ハノーバー郡にあるスコッチタウンと呼ばれるプランテーション
-パトリック・ヘンリーの住んだ家です。 
Wikipedia によると 「自由を与えよ。然らずんば死を」という名文句を吐いてイギリスに対する抵抗運動を扇動し、アメリカに独立をもたらした、とあります。
(出典:フリー百科事典「ウィキペディア」)


写真右は後年語り草になったその演説を行ったセント・ジョン教会。 
リッチモンド市ダウンタウンにあります。 中央がスコッチタウン。 そして左がパトリック・ヘンリーです。


下の写真・・・バージニア議事堂をご紹介した時に載せた写真ですが再度登場・・・
両手を高く掲げるようにしてポーズをとってるのがそのパトリック・ヘンリー。

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スコットランド系の彼が誕生した1736年には同郷スコットランドでジェイムス・ワットが生まれています。
後に蒸気機関の開発で有名になった人ですね。


日本では元文元年に当たり、本居宣長が1730年に、そして杉田玄白が1733年に誕生してる・・・という事がネットで検索してみて分かりました・・・。


さて彼は19才で結婚しています。新妻は僅か16才。
農園経営は楽ではなく住まいも火災で失ってしまったり災難続きでした。仕方なく妻の持参金代わりの奴隷六人を売った資金で商いを始めますけどこれも現金で払う人がいなくて潰れてしまいます。


幸い妻の実家がハノーバー・タバーンを営んでました。居酒屋というより旅客相手の宿といったところでしょうか。

秋晴れのこの日はご覧のように観光客がバスで来て行列作ってましたよ~。


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24才だったパトリックはそれを手伝うようになります。がお客相手の仕事柄、手の空く時間があったようで暇つぶしに覗いてみた裁判所が彼の運命をかえてしまうんですね。 
下の写真がそのハノーバー・コートハウスですがタバーンの真ん前にあるんです。


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弁護士のやり取りに惹き付けられて入り浸りになり、父親の手を焼かせた勉強嫌いの彼が憑かれたかのように法律の本を読み始めたのだそうです。


こうして独学で弁護士となったパトリック・ヘンリーが35才で購入した家がこれ、スコッチタウン

(青字の部分をクリックしてみて下さい。写真に収められなかったキッチンの内部などが見られますよ。)


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タバーンでのガイド・ツワーを省いた私たちはさっき会った観光客よりひと足先にスコッチタウンに到着。車で10分くらい田舎道を走ったでしょうか? 我々夫婦含めて4カップルについてくれたガイドさんは、「歴史大好き、人に会うのも大好きだからこの仕事は天職よ~」 と朗らかなおばあちゃん。


そのおばあちゃんガイドさんにチョッピリお目玉をくってしまいましたよ~。 その原因となったのがこの写真。 室内は撮らないこと、とは常識で判っていたものの地下室のドアが開いてたたんですもの~!


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(地下室の内部です。)

(下の屋敷全景の写真を見て下さいね。正面玄関より右寄りに三角屋根の下にアーチ型の入り口が見えますでしょ? それが地下室の入り口でドアが開いてたんですもの・・・。)


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何故そうまでして写真に収めたかったかと云うとですね、パトリックの妻が地下室に閉じ込められて暮らしていたからなんです。どうもブルック・シールズも罹ったと云われるポスト・ネイタル・デプレッション (産後鬱病) だったようです。真相は不明のままですが。


6人の子供を産んだ後発病した彼女は次第に暴力的になって行って対処に困ったパトリックは奴隷ひとりをつけて地下室に軟禁した、と読んだ事があるので関心を寄せてたんです。どんな様子だったんだろう、って。それでシャッターを押しちゃったんです。反省しまてます・・・。


しかも、地下室は地下室でも折角撮った写真、思ってた部屋じゃなかったんです。この屋敷全体の地下は9室ある部屋に分かれていて写真で  -やっぱり撮っておいて良かったかなぁ-  上の写真でお分かりの様に各部屋の隅に暖炉もあります。 半窓も付いてて真っ暗ではありませんでした。 床は煉瓦が敷いてありましたけど当時は土間だったとか。


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彼女の閉じ込められていた部屋は正面から見た左側の地下室でした。

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この白い両開きドアを入って左側です。
 また右の階段の上のドアは食堂の入り口。当時は火災の心配から母屋の外にあったキッチン?から運んで来たんですって、食事の度に。

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母屋の脇にあった炊事所 (キッチン)。二階には炊事専門の奴隷が住んでいたそうですが夏はさぞ暑かっただろう、とガイドさん。内部の写真は・・・ゴメンナサイ!

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アイスハウスと呼ばれる小屋。その中には冬に張った氷を夏まで貯蔵しておくドライウエルがあり日本では氷室(ひむろ)と呼ばれていたとJijiさんのブログで学びました。

ウエルは井戸の事ですがドライと云うように水がなく穴だけ掘ってあり夏期に食品を冷やしておくのに使用したそうです。


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この建物は謂わば書斎。現在は見学者にパトリック・ヘンリーの生涯を簡単に紹介するビデオを見せるのに使用してます。


言い忘れそうになりましたが、このスコッチタウンは第四代大統領ジェイムス・マディソン夫人、ドーリーが育った家でもあります。ヘンリー家とは親戚関係だったと云う事です。

実はパトリック・ヘンリーに関しては私、HP 「いにしえのバージニアンたち」 で3ページに渡って紹介してますので若し興味のある方はそちらをご覧になって下さるととっても嬉しいのですが~。


パトリック・ヘンリー (1)(2)(3)

上の番号をそれぞれクリックしてみて下さいね。

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梓の小鳥

Author:梓の小鳥
アメリカ人なら歴史教科書に載ってる人名や地名でお馴染みだと思いますが 授業では多分教えられてない 秘話、裏話、こぼれ話を調べ集めたブログです
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放置して早や六年
その間 HPも意志に反して消滅してしまいました
細々ながら再始を決めました。
あらためて宜しくお願いします

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