大統領就任式ーウィリアム・ハリソンの場合

Category : いにしえのバージニアン達

20日 愈々オバマ氏が第44代大統領として就任しますが
就任式で2時間にも及ぶ長い演説をし風邪をこじらせて僅か
ひと月で亡くなってしまった大統領がいます。

バージニア出身、 九代目のウィリアム・ハリソン大統領でした。

バージニア州議事堂内の胸像 ↓ )


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アメリカにはその死因を 『ムセの呪い』 と結びつけて 
長い間語られている様で 私も人から聞いて知ったんですよ。


拙HPにも (こちら ←です)  ダラダラと幼稚な文で書いてます。


HPでは 『テムセ・・・』 と表記してしまってますがこちらの辞書で 
調べてみたらタカムシーと発音してる様ですね。

先住民の呼び名は発音が難しいです。。。


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秋に訪れた 『バークレー・プランテーション』  ↑ ↓



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同大統領は此処で生まれました。。。



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第五代目大統領、 ジェイムス・モンロー

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バージニア州からはワシントン (初代) を含め8人も大統領
輩出してるのですが  そのひとりに ジェイムス・モンロー さんがいます


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(ウィキペディアより拝借)



二年前に ブルーリッジ山脈 の麓にある彼のプランテーション、 
『アッシュローン・ハイランド』 を見学した頃は 正直言って 
この大統領の事は全く予備知識 (今現在もそのまま~) もありませんでした


その当時始めたばかりのブログに夢中になり モンローさんへの
関心は薄らいでしまい、 今回保存してあったファイルの
中から写真が出て来るまでは 忘れかけていました 


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もうひとつのブログの方にその写真を載せる事にしたので
平行して こちらへは モンローさんの人としてのプロファイルを
載せてみたいと思ったのですが・・・


これといって逸話めいたものも知らないままの情けない状態!


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↓ とりあえず ウィキペディアからピックアップした俄知識を~♪

①  モンロー氏は 1816~1824年まで二期を務めた大統領だった


②   モンロー主義 や ミズリー協定 で知られてる


(2008年2月発行されたコインの写真は ↓ こちらのサイトから拝借)


monroecoin.jpg


③  スペインからフロリダを獲得し 歴史上に名を残している

④  アフリカ、 リベリアの首都、 モンロビア は同大統領の名に由来してる


↑ の内   は非常に気になります 


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図書館で良い本を見つけて読んでみたいと思いました!

何か分かったら (自身の覚書としても) ブログにも
載せたいのでその節はまた宜しくどうぞ~♪


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それと   の方なんですが これは以前もアップした
ロット・キャリーの記事に繋がるものがありますね


なので是非こちらの方も知りたいなぁ、 と思ってます。   
いつのことになるか当てになりませんが・・・(苦笑)


もうひとつのブログにもっと写真を載せてみましたので宜しかったらどうそ!


jmonroelawoffice3.jpg


↑ はバージニア州のフレデリクスバーグにある法律事務所

同大統領が弁護士だった頃のもので、 現在は博物館になってます

撮影したのは矢張り二年前でした

*~*     *~*

中途半端な今日の更新、 お付き合い下さって有難うございました


→続きを読む

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アンの実家、 シャーリー・プランテーション

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数あるプランテーションの中でも特に特権階級の
ジェイムス河プランテーションズ と複数で呼ばれる一群の大農園が
ジェイムス河沿岸に並んでますが、 その中でも先ず見学してみたかった
 『シャーリー・プランテーション』  に行ってまいりました



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興味を抱いていた理由その1・・・
リッチモンド市に一番近いから~(笑)

その2・・・
『アン』 という女性の生家だったから、 です



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『アン』 は父の杞憂をよそに父の客人、 
に恋をしてしまうのですが、 それは
妻に先立たれ三人の遺児を抱えたバージニア州知事でした



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漸く許しを得てこの 『シャーリー』 で式を挙げたふたりは
リッチモンド市内の公邸が愛の巣となりました
州知事の任期が切れると同時に私邸に移り住むのですがその私邸とは・・・




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ストラットフォード・ホール~!

先妻の生家だったのですけどこの州知事さん、
投機に何度も失敗し、 借金をしては返済しない人物として悪名高く
先妻さんも遺言状での相続人に夫の代わりに長男の名を残したほど!



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アンの父君が反対したのも無理はなさそうですねぇ・・・



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夫は積もり積もった借金の返済が出来ずに投獄されてしまいます
獄中生活を送っている中、 ひとり三男を出産したアンは
子供たちを伴ってストラットフォード・ホールを去り親戚を頼って
暮す人生を送る事になるのです



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長男はアンの富裕な実家 (実兄) の援助でハーバードで
教育を受ける事が出来たんですが次男三男たちまで
甘えるには限界があったのでしょう

次男は海軍学校に進み・・・



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後にペリー総督の黒船に乗船して下田に上陸します

はい、 あのシドニー・スミス・リーはアンの次男、 そして・・・


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そしてウエストポイントの
陸軍士官学校へ進学した三男は・・・南軍将軍として名を馳せることになった
ロバート・E・リー、 だった、 というわけです~。


今日はそうした息子たちを育てた 『アン・ヒル・カーター・リー』 の
実家を写真でご案内してみました~♪

お退屈さまでした! 


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ルイスとクラーク

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シャーロッッビルの街をドライブしてた時、 
こんな銅像を見かけ走る車の窓からシャッターを切りました





放っておいたのだが、 ちょっとズームアップしてみたら
何と、 ルイス & クラーク と判って驚きました


lewisclarktrailmap.gif


このふたりはジェファーソン大統領の命を受けて
1804年から二年以上かけて西部探検を果たした
探検隊のリーダーです

同大統領もルイスもこのシャーロッッビルの出身でした


ジェファーソン大統領邸、 モンティチェロには
彼らの持ち帰った先住民の手作りの道具や装身具などが
飾られていたといいます

こんなビデオが見付かりました








モンティチェロがスライドショーで見られます

五枚目のスライドにご注目下さい~~♪


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リーと黒船

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ノーフォーク港 ↓






シドニー・スミス・リー ↓



ネットから拝借しました
こちら から拝借しました)



この二枚の写真の共通点は何でしょう?


日本 です~♪

彼はペリーの率いる蒸気艦で日本へ渡来した隊員のひとりでした


ぺリー司令官とノーフォークに関しては
もうひとつの拙ブログ 『ジェイムス河畔の街にて』 に
既述してますので宜しかったらどうぞ~。 こちら ← から。。。



↓ の地図と挿絵は 日本財団図書館のウエブサイトに から拝借しました。




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スミス・リーはなんとあのロバート・リー将軍の次兄に当たる人物でした!


これを知ったのは ↑ ↓ の二冊の本。。。


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"Lady of Arlington"  ↑


"The Lees of Virginia"  ↓








この本によると彼はロバート・リー夫人や子供達に
日本からのお土産を上げてるんですね


リー夫人にはお盆、 令嬢たちには漆塗りの小箱やキモノ、
そして息子たちには凧、 だったとか。


こちら ← のサイトにペリーと日本の将軍が交換した
贈り物のリストが載っていましたが硯箱とありますねぇ・・
これかな?  令嬢たちへ上げたお土産。。。


凧はともかく、 お盆や小箱やキモノは今何処に保存されているんでしょう

気になりますね~♪



19世紀のアレクサンドリア



↑ の写真は19世紀のアレクサンドリア、 
バージニア州北東、 ワシントンに近い街です


リー兄弟が幼い頃住んでいた家もその街にあったそうです
アレキサンドリアはポトマック河沿いにあるので
ノーフォークも当時はおそらくこんな雰囲気だったんじゃないでしょうか


ところでリー兄弟の生まれた家は以前もご紹介したことのある
ストラットフォード・プランテーションです  ↓



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その時の記事はこちらです

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鐘楼

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バージニア州議事堂のあるキャピタル・スクエアの一角に建つ
赤レンガの鐘楼・・・ 建てられたのは 1824年 (文政7年) 


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南北戦争が始まって四年後の1865年
南部連盟の首府であったリッチモンド市への北軍の接近を
打ち鳴らした半鐘で市民に警告したのは
この監視塔であったと言われる



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リッチモンドは北軍の手によって火薬庫が爆破され
火の海に包まれるが、 このベルタワーから僅か1ブロックという
近さに仮住まいしていた南軍総指揮官、 リー将軍夫人と娘達は
奇跡的に変った風向きで家も焼けることなく命拾いしている

将軍夫人、 メリー・カスティス・リーはワシントン大統領夫人の曾々孫

北軍が攻め入る前に大半の市民が避難・疎開しているにも拘わらず
メリーは南軍将軍夫人たるや負け犬の様に逃げ隠れは出来ぬとばかりに
友人たちや他の市民たちの懇願・説得にも耳を貸さずに
この貸家に引き留まった



0oldbelltower.jpg



( ↑ の写真はこちらのウエブサイトから拝借しました)


メリーは重症の関節炎やリウマチを患っていて杖や車椅子に
完全に依存しなければならぬ状態だったのも一因だった様だが・・。


戦火をこうして免れたその貸家は今でも保存されている
車で行ける距離なのにまだ訪れた事はない
物見胡散だがいつか見学してみたいものだ


資料: ①  ウエブサイト VCU Libraries Digital Collections

②  はこの本 ↓ 、 Lady of Arlington です

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ロバート・E・リーとヘレン・ケラー

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最近読んだこの ↓ 本の女主人公、 といってもノン・フィクションであるが

意外なことを知った・・・


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あの偉大な南軍の将軍、 ロバート・E・ リーには生涯持ち家がなかったこと


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(女主人公、 メリーはリー将軍の妻で、 ワシントン大統領夫人の曾孫である)

それと・・・

もうひとつは長くなるので次回に回すことにして・・・


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 (撮影当時は修復中だったリッチモンド市、 モニュメント・アベニューに建つ銅像)



興味を抱いてネットでも調べてる内にもうひとつのマメ知識を得た

それは・・・

かの三重苦の人、 ヘレンケラーと繋がりがある
という事!

ヘレンの母、 ケイト・アダムズとリー将軍ははとこ同士であったというから驚いた

世間は狭いものである



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( ↑ の銅像は歴史博物館に展示されてたものです)


同将軍に関しては 既に載せてますので 
こちら と こちら をご覧になってくださいませ



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梓の小鳥

Author:梓の小鳥
アメリカ人なら歴史教科書に載ってる人名や地名でお馴染みだと思いますが 授業では多分教えられてない 秘話、裏話、こぼれ話を調べ集めたブログです
✩~✩
放置して早や六年
その間 HPも意志に反して消滅してしまいました
細々ながら再始を決めました。
あらためて宜しくお願いします

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